大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)4046号 判決

原告

森谷三千雄

代理人

石野隆春

外二名

被告

森尾電機株式会社

代理人

大下慶郎

主文

一、原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

二、被告は原告に対し、金七一一、三三三円および昭和四五年八月二一日以降本判決の確定に至るまで毎月二八日限り金一七、五〇〇円を支払え。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は主文第二項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一、原告が足立工高三年在学中、被告会社の昭和四二年三月高校新卒者募集に応募し同年一月一九日被告会社の従業員採用試験を受験し、被告会社が翌日原告に対し「採用決定のお知らせ」なる通知をしたこと、原告がその後同年三月一一日足立工高を卒業したこと、原告の被告会社への就労予定日は同年四月一日であつたことおよび被告会社が同年三月二五日原告に対し「原告の左足には小児麻痺後遺症があり、現場作業者として不適格である」として採用内定取消なる通知をしたことは当事者間に争がない。

〈証拠〉によれば、原告は昭和四一年一二月二〇日頃足立高進路指導係の田中教論から、被告会社の「会社概要」なるパンフレットおよび被告会社における賃金・就業時間・労働日・作業内容等労働条件を記載した被告会社作成の「昭和四二年三月高校卒業者求人要項」を示されて被告会社への就職を勧められたので、受験を決意し、同年一月一〇日健康診断書・卒業見込証明書・学業成績書・身上調書・人物所見書を添えて受験申込をした後、同月一九日前記のように被告会社の従業員採用試験を受験するに至つたこと、一方被告会社では当時既に新規学卒者の従業員採用試験を終えていたが足立工高の鈴木精次校長から原告ほか一名の同校生徒を特別に採用してほしい旨依頼されたので、原告ほか一名に対して採用試験を行い、役員会で相談のうえ採用することに決定し同月一九日電報にて原告に対し合格通知をし、翌日改めて「採用決定のお知らせ」なる文書を原告に郵送したこと、右「採用のお知らせ」には、「既に採用決定については電報にて御通知申し上げましたとおり、貴殿には多数の応募者の中から試験に合格されました。合格をお喜こび申し上げると共に改めてお通知いたします。なお入社手続等の日時については追つて御通知いたしますが……云々」と記載されていたこと、そして原告は同月二五日被告会社で行われた役員との懇談会に、他の合格者と共に招かれたが、その席上役員から「被告会社は国鉄や私鉄が相手で経営が安定している故頑張つてほしい」「他の会社に行かないようにしてほしい」等と云われ、又誓約書・身元保証書を速かに提出するよう要求されたので、同年二月二日付で「この度貴社から採用の通知を受けましたについては左記の通り誓約致します。一、昭和四二年三月三一日学校を卒業したならば貴社の御指定に従い正式採用に応じます……」と記載した誓約書および身元保証書をその頃被告会社に提出したこと、右誓約書および身元保証書は、いずれも被告会社において予め印刷した用紙が用いられていること、被告会社は同年三月一三日から原告を実習生として電気部分の組立などの作業に従事せしめていること、被告会社では就業規則上「……詮衡試験に合格し、所定の手続を経た者を従業員として雇入れる」(第三一条)、「新たに雇入れられた者は次の書類を提出しなければならない。1自筆履歴書2戸籍謄本3誓約書および身元保証書4身上調書5厚生年金被保険者証6卒業証明書又は卒業見込証明書・学業成績証明書」(第三四条)と定められているところ、実際には新規学卒者の採用に当つては詮衡試験に先立ち応募者の身上書・自己紹介書・学業成績証明書・卒業見込証明書等を提出させ、これを資料としつつ試験の結果を常務会で審査して合格者を決定し、合格者に対しては前記原告に送付されたものと同趣旨の「採用決定のお知らせ」なる文書を発し、その後一月頃被告会社に合格者を集めて役員との懇談会を催しその際入社の心得等を説明するとともに誓約書・身元保証書を提出させ、四月一日に至り入社式を行い、右入社式では単に社長が「本日から皆さんは当社の従業員となる」旨の挨拶をするに過ぎず、特に合格者と被告会社との間に雇用契約書を作成するわけでもなく又被告会社から合格者に対し従業員としての辞令を交付するわけでもないこと、以上の各事実を認めるに足り、〈証拠判断省略〉

以上の認定事実から考えるに、原告の前記従業員採用試験の受験は、被告会社の提示した賃金・労働時間等に関する労働条件に従う労働契約締結の意思表示として被告会社に対する労働契約の申込であることは明らかである。被告会社が原告に発した「採用決定のお知らせ」は、その記載内容からして直ちに原告主張の如く原告の右申込に対する承諾の意思表示と認めることはできないが、被告会社は原告に対し採用試験の上、「採用決定のお知らせ」を発し、その後、原告が被告会社の求めに応じて所定の手続に従い昭和四二年二月二日頃誓約書および身元保証書を被告会社に提出し、被告会社において異議なくこれを受領したことにより、被告会社の従業員の雇入れに関する就業規則所定の手続は殆んど完了していること、被告会社の新規学卒者の採用に当つては、従来から前記のような手続が採られるだけであつて、その後に改めて誓約書の作成もしくは採用辞令の交付などの手続が採られた慣例はないばかりか、就業規則上にもそのような手続の定めがないこと、およびその後被告会社が原告の足立工高卒業直後から原告を実習生として被告会社の作業に従事せしめていることなどの事実に鑑みれば、被告会社が原告に対し誓約書および身元保証書の提出を求め、これを受領したことをもつて、前示原告の申込に対する黙示の承諾の意思表示をなしたものと認めるのが相当である。したがつて、昭和四二年二月二日頃原、被告間に労働契約が成立したものというべきである。ただ、前記誓約書の内容および右誓約書提出当時原告がいまだ足立工高三年在学中であつた事実に照せば、右労働契約は原告が同年三月に足立工高を卒業できないことを解除条件とするものと解すべきところ、原告が同年三月一一日足立工高を卒業したことは、前示のとおりである。

二、そうすると、被告会社が昭和四二年三月二五日原告に対してなした前示採用内定取消の通知は、原、被告間の前記労働契約を終了させる解雇の意思表示であると解すべきであるから、原告に対する解雇事由の存否につき判断する。

昭和四二年三月二五日当時、被告会社において、その主張の如き事情からその主張の基準により人員整理が避け得ないところであつたか否かの点についての判断はしばらくおき、原告が左足小児麻痺後遺症の為現場作業者として能力が劣り又将来発展の見込みがなかつたか否かについて検討するに、原告の左足に小児麻痺後遺症があること、被告会社が原告から従業員採用試験に先立ち提出された健康診断書によりこれを知つたこと、昭和四二年一月一九日原告に対して行われた面接試験に総務部長が立会つたこと、同月二五日被告会社が原告に対して健康診断を行つたことおよび原告が同年三月一三日から二五日までの同被告会社で作業したことについては当事者間に争がなく、〈証拠〉によれば、原告は生後六ヶ月の時に小児麻痺を患いその為左足に後遺症があるが、マラソンや短距離徒競走の際健康体の者に劣るだけで、歩行その他日常生活を営むに支障はなく、足立工高在学中の体育科の成績は全学年を通じて評価「4」であり又剣道部に所属して初段の免許を取得したほか、バレーボール・卓球を得意とし、第一種原動機付自転車の免許も有していること、一方被告会社は従業員採用試験に先立ち原告から提出された健康診断書により原告の左足小児麻痺後遺症があることを知り、その後同年一月一九日従業員採用試験に際しての面接では川田・立川・木下各専務および平沢総務部長等が列席して原告の身体も見分したが、虚弱そうでもないと判断し、川田は原告に対し「剣道をやつているそうだが、剣道は飛んだり跳ねたりするのだから大丈夫だろう」等と述べたこと、そして前記同月二五日の健康診断の際にも原告に関する作業上の支障の有無について格別の検討はなされていないこと、原告が同年三月一三日から二五日までの間被告会社で作業した折、主として組立職場一班で電気部品の組立・社名板の取付の作業に従事したが、原告の作業能力が他の者に劣ることはなかつたこと、被告会社では原告を組立職場に配属する予定であつたが同職場の作業は腰掛けてするものであり又被告会社の各職場の中では比較的軽作業に属すること、他の職場も機械職場は旋盤等を作業内容とするが、検査職場等とともに比較的軽作業であることが認められ〈証拠判断省略〉

以上の事実によれば、原告についてさしあたり配属が予定されていた組立職場の作業に関しては、小児麻痺後遺症の為作業能力が劣り又は将来発展の見込がないものとはとうてい認め難く、又被告会社の他の職場に関しても、その各作業内容を原告の前記身体の状況に照して検討すると、未だ現場作業者として不適格とはなし得ないものと認めるを相当とする。そうとすれば、仮りに被告会社が昭和四二年三月二五日当時その主張の如き事情から、その主張のような基準による人員整理をしなければならないような状況にあつたとしても、原告が右整理基準に該当するものとは即断しがたく、他に原告が右整理基準に該当するものであつたことを認めるに足る証拠はない。したがつて、被告会社がなした前記解雇の意思表示は、爾余の点につき判断するまでもなく、解雇事由なくしてなされたものであつて解雇権の濫用として無効といわねばならない。

三、しからば原被告間の労働契約は今なお存続し、原告は被告会社に対し労働契約上の権利を有するものというべきところ、被告会社が昭和四二年四月一日以降原告を従業員として取り扱わず原告の就労を拒否していることは、被告会社の認めて争わないところであるから、これに基づく就労不能は被告会社の責に帰すべき事由に基づくものというべきであるから原告は被告会社に対し昭和四二年四月一日以降の賃金債権を有するといわなければならない。しかして同日以降の原告の賃金月額が一七、五〇〇円(但し同月分の賃金は一一、三三三円)で、前月二一日から当月二〇日までの分を一ヶ月の賃金として当月二八日に支払われる約定であることは当事者間に争がない。右昭和四二年四月一日以降本件口頭弁論終結時であること記録上明らかな昭和四五年九月九日までに弁済の到来した前記賃金月額一七、五〇〇円(但し昭和四二年四月分は一一、三三三円)の割合による賃金合計(昭和四二年四月分ないし昭和四五年八月分)が七一一、三三三円であることは計算上明らかであり、本件口頭弁論終結後に弁済期の到来すべき昭和四五年九月分以降本判決確定に至るまでの賃金についても被告会社が現に原告の就労を拒否している以上予め請求をする必要があるものと認められる。

よつて原告の請求はすべて正当として認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。(兼築義春 吉川正昭 神原夏樹)

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